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昔、富岡にたいそうなさけ深い殿様がありました。ある冬のこと、殿さまは馬に乗って領内を見てまわられました。すると、どうしたことでしょう。この夏まわった時には、あんなにも元気よく、田畑で働いていた百姓の姿が、きょうはひとりも見えません。また道を歩いている人も少なく、たまに行きあう人の顔も暗く沈んでいます。そればかりではありません。まだ昼間だというのに、家々は戸をしめていて、まるで死んだようなさびしさです。
殿さまはふしぎに思われて、さっそく家来を呼んで、
「何か悪い病気でもはやっているのか。それとも、悪者でもやってくるのか。」
と調べさせました。家来たちがくわしく調べたところによりますと、富岡というところは、夏はよいところですが、冬は西北の風が吹きつけて、どうにも寒くて働くことのできないところなので、冬中こうして家の中にちぢこまっているのだ、ということがわかりました。
そのことを聞かれたお殿さまは、たいそう心をいためられ、「これはどうしても、神様のお力をかりるよりしかたあるまい。
とお考えになりました。そして、
「どうか神様、富岡が冬でもあたたかく暮らせるところにしてください。」
と、一心にお祈りになりました。
すると、ある夜のこと、天地もひっくりかえるような音がして、大じしんのようにゆれだしました。人々はびっくりして、「じしんだ。」とばかりに、外へとび出してみますと、西の方に真っ赤な火柱が立っています。人々は二度びっくりし、
「これは大変だ、急いで逃げよう。」
と、立ちのきのしたくをはじめました。殿さまは、お城の上からこのようすを見ておられましたが、火柱が西から北の方へ流れているのをたしかめると、さっそく、
「心配せずに、夜の明けるまで、自分の家をしっかり守れ。」
と、おふれを出されました。
朝になりました。火柱はおさまっていましたが、そこにはふしぎなことに、むっくりと大きな山ができていました。それから富岡には冬が来ても、その山にさえぎられて、寒い風が当たらなくなりました。 殿さまも、百姓たちも、みんな喜びましたが、そんなふうにして、一晩のうちにできた山ですから、まだ名がありません。そこで殿さまは、
「こんな山ができるとは、まことにおめでたいことだ。これは吉祥山という名にしよう。」
と、おっしゃって、吉祥山と名をつけられました。
そんなよい殿さまでしたので、領内はいつも平和で、春のように楽しく暮らしていましたが、たった一つ足りないものがありました。それは、奥方に子どもがないことです。それで奥方は、
「どうか、子どもをおさずけください。」
と、神様にお願をかけられました。すると、ある夜のこと、夢の中に、
「子どもがほしくば、吉祥山にまいれ。」
という、神様のお告げがありました。
それから奥方は、毎日吉祥山へのぼり、一心に祈りをささげました。今日もおまいりをすませ、宇利川のほとりを通りかかりますと、川上の方から、大きな桃が流れてきました。すばらしくきれいな桃です。さっそく拾いあげて持ってお帰りになり、お殿さまに見せますと、
「ほう、これは見事な桃だ。大切にせよ。」
とおっしゃって、床の間にかざっておかれました。
すると、その夜のこと、パカンと音がして桃がわれ、中からかわいらしい女の子が生まれて、「オギァ、オギァ」と泣きだしました。お殿さまも奥方もびっくりしてかけつけてみますと、このありさまです。お二人はたいへんお喜びになって、「御殿医を呼べ」の「お湯をわかせ」のと、大さわぎになりました。そのとき、御殿医が申しますには、
「ここから南の方にまいりますと、山の麓に、きれいな泉のわき出る所があります。その泉で初湯をお使いになると、その子はきっと丈夫に育ちます。」
と申しましたので、さっそくその通りに、泉の水を汲んできて、初湯をわかし、おつかいになりました。
その赤ちゃんは、桃から生まれたので、「桃子」と名付けられました。そして、たいそうかわいがられて、丈夫にすくすくと育っていきました。桃子さんは学問が大すきでよく勉強しました。あまりりこうなので、神童だとうわさされるほどでした。いつかきれいなお姫さまになりました。
それから、だれ言うともなく、お殿さまが初湯をつかわれた泉があるというので、この山をうぶ山と呼ぶようになりました。
それから、村の人たちも、子どもが生まれると、「お姫さまにあやかるように」といって、その泉の水をくんできて、初湯をつかうようになったということです。 |
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