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「みなのしゅう。どうしたものかのう。もう雨乞いの方法もなくなった。このまま雨が降らなければ、村中うえ死にしてしまう。」
庄屋さまは、深いため息をつきながら、集まった人たちの顔を見まわしました。
「・・・しかたがない、天神さまのお面を使わしてもらうだのう。」
「そうだ。それしかない。」
「そうだ、そうだ。」
みんなのつぶやきが大きくなってきました。
庄屋さまは、いちだんと声をはりあげて、
「天神さまのお面は、いよいよの時しかつかってならぬという、きびしい言い伝えじゃ。お面を持ち出せば、どんなたたりがあるかわからぬぞ。」
「少しくらいたたりがあっても、村中うえ死にするよりましですだ。」
「庄屋さま、お願いしますだ。お面を使わしてくだせえ。」
「お願いもうします。」
「お願いしますだ。」
宇利の村には、昔からこんな言い伝えがありました。
どうしても雨がほしいときには、村の雨引き天神に宝物としてしまわれている二つのお面を、水で洗い清めて、お祈りすると、かならず雨が降る、けれども、めったなことでお面をつかってはならぬ、というのです。
だから、やたらにお面をつかってお祈りをすると、たたりがあるにちがいない、と思われて、どんなに日照りのときでも、この最後の雨乞いだけはせずにがまんしてきました。
ところが、今度の日照りときたら、ひどいものです。もう何十日もお天とうさまが照りっぱなしで、あと2,3日このままですと、作物はみんな枯れてしまうでしょう。
そこで、相談のすえ、とうとう、最後の雨乞いをすることにきまったのです。
村の人たちは、天神さまの前に集まりました。庄屋さまがうやうやしく、二つのお面を持ち出しました。それからみんな、お面をささげた庄屋さまを先頭にして、村の南にそびえる白山のちょう上へのぼっていきました。
お面は山の清水できれいに洗われ、しめ縄でしきられた祭壇にかざられました。山の南は浜名湖です。祭壇の前に並んだ村人からは、お面が浜名湖に浮かんでいるように見えます。
白装束の方印さまが進み出て、
「えいつ! えいつ!」
と、くじを切って、大声で雨乞いのお祈りをはじめました。
みんなも、しっかり手を合わせ、
「どうか、雨が降りますように。」
「雨を降らせてください。お願いします。」
と、心の中でいっしょうけんめいお祈りしました。
みんなでお祈りをはじめて間もなく、湖の上に、ぽつんと黒い雲が浮かびあがりました。そして、みるみるうちに空に広がっていき、やがて、風に吹かれて大つぶの雨が、たたきつけるように降りだしました。
「ありがたや、ありがたや。」
みんなずぶぬれになりながら、なおもいっしょうけんめいお祈りをしていました。
とつぜん、ゴーッと、ものすごい音を立てて、うずまく風がおそいかかりました。小石が吹きとばされてきます。みんな思わず地面にすくみこんでしまいました。風の中心が祭壇にとどいたかと思うと、お面の一つが、パッとまいあがり、いかりくるったようにまわりながら、黒雲の中にすいこまれていってしまいました。
「早くお面を天神さまにかえせ!」
「そうだ。早く、早く!」
きもをつぶした村人たちは、残った一つのお面をしっかり両うでにかかえた庄屋さまをかこんで山からおりはじめました。
ところがどうでしょう。下から吹き上げる風にのった大つぶの雨が、顔にぶつかって前へは進めません。みんな、うしろむきになって、後ずさりしながら山をおりました。やっとの思いでふもとにつくと、あらしはうそのようにおさまりました。
のこったお面を、ていねいに天神さまにおかえしした村人たちは、もうそれからは、どんなことがあっても、お面を外へ持ち出すようなことはしなくなりました。
いく日かたちました。浜名湖の宇志の海岸で、一人の漁師が舟を出そうとして、ふと見ると、波うちぎわに何か光るものがあります。近寄ってよく見ると、めずらしいお面でした。
「これは何かありがたいお面にちがいない。」
そう思った漁師は、宇志の村人と力を合わせてお宮を建て、そこにお面をまつりました。
そのお面は、白山から黒雲にのってとんでいったお面だったのです。だから、宇利の雨引き天神と宇志の八幡さまは、兄弟だといわれています。
このことがあってから、白山を雨生山とよぶようになりました。また、村人が後ずさりしながら山をおりたところを「あとずり坂」といっています。 |
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