車神社の由来  
車とかかわりのある神がまつられています
     全国に2社しかない神社名で,現在の祭神は日本武尊(やまとたけるのみこと)です。日本神話の英雄であり,熱田神宮で(まつ)られているのが有名です。創建(そうけん)は不明ですが,天正11年(1583年)の棟札(むなふだ)が残されており,かつては車大明神宮(くるまだいみょうじんぐう)とか車大明神と呼ばれていました。天正より以前は不明ですが,村の成立と共に守護神,産土神(うぶすながみ)としてまつられてきたようです。その頃の祭神は,大日霊尊(おおひるめのみこと)(太陽神)でした。

 明治維新の神仏分離令により,祭神と神社名が現在のようになりましたが,それ以前は神仏の両方を取り入れた神社で,縁起(えんぎ)のよい車輪を象徴として,村と氏子,参詣者(さんけいしゃ)の繁栄を(つかさど)ってきたのです。
 社紋(しゃもん)は,源氏車の車輪を形象化した車紋です。車輪は,神道(しんとう)では太陽神,仏教では法輪(ほうりん)(仏法)を意味するとされています。祭神の大日霊尊(おおひるめのみこと)は,馬車で天をかける日天(にってん)とつながります。まさに,車の安全祈願(きがん)に一番ふさわしい神社です。

 
大日霊尊(おおひるめのみこと)日天(にってん)の関係


車神社イメージキャラクター
       ひるめちゃん

 巫女の姿をした太陽神で,額の車紋がトレードマークです。由来にちなみ,馬のひづめがデザインされた馬車に乗っています。天を駆けめぐりながら,いつも車の安全を見守っています。
 

 車神社の祭神は,明治以前は大日霊尊(おおひるめのみこと)でした。 大日霊尊は,天照大神(あまてらすおおみかみ)の幼名あるいは別名とされています。「ひるめ」は「日の女神」で,太陽神に仕える巫女(みこ)を意味するとされ,祀る者(大日霊尊)が(まつ)られる者(天照大神)に昇格したともされています。
 天照大神は太陽神であり,伊勢神宮の祭神です。大日如来(だいにちにょらい)と同一視され,密教(真言宗,天台宗)では,大日如来は最高の仏とされています。如来も菩薩(ぼさつ)も大日如来の化身(けしん)とされていますので,日天(にってん)も大日如来の化身です。
 日本に仏教が伝来し,神仏習合(しんぶつしゅうごう)が進むと,インドの仏教,ヒンズー教の神が日本に伝えられるようになります。ヒンズー教では,スーリヤが太陽神にあたります。スーリヤは,7頭立ての馬車に乗って天を()けるといわれ,日本の仏教に取り入れられ,日天とされました。日天(にってん)は十二天の一人とされますが,馬車で天を駆けるのはこの神だけです。
 つまり,車神社はもともと大日霊尊(おおひるめのみこと)(天照大神)を祭神としていたことから,馬車に乗る日天(にってん)とかかわるのです。
 
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